1 事案の概要
本件は、マンションの管理組合の管理者が、マンションの施工を発注した会社(Y1)、マンションの設計・監理をした会社(Y2)及びマンションの施工者から営業譲渡を受けた会社(Y3)に対し、マンションの共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があると主張して、区分所有法26条4項に基づき、マンションの区分所有者のために、不法行為(Y1からY3に対し民法709条、被告Y1に対し更に同法715条、Y1とY2につき更に同法719条)に基づく損害賠償と遅延損害金を請求した事案である。
主たる争点は、①管理者の当事者適格の有無、②除斥期間の経過の有無、③出来高の評価である。
2 裁判所の判断
(1)管理者の当事者適格の有無について
管理者が、区分所有者に分割的に帰属する損害賠償請求権について、訴訟追行をし、その判決の効力が区分所有者全員に及ぶとするためには(民事訴訟法115条1項2号)、管理者は、上記損害賠償請求権につき、区分所有者全員から訴訟追行権限を授与されていることを要するものというべきであり、区分所有法26条4項の「区分所有者のために」とは「区分所有者全員のために」を意味するものと解される。
そして、本件各損害賠償請求権のような、共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は、共用部分の共有持分権を有することに基づく請求権であり、区分所有者の共有持分に応じて分割的に帰属するものというべきところ、区分所有者が変動した場合、転得者たる区分所有者は、瑕疵の存在を知りながら、これを前提として区分所有権を買い受けたなどの特段の事情がない限り、建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものと解される(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁参照)。
本件では、本件マンションの転得者が瑕疵のあることを知りながら、これを前提として区分所有権を買い受けたと認めるに足りる証拠はないから、本件各損害賠償請求権は、マンションの区分所有者全員に、その共有持分に応じて分割的に帰属するものと認められ、管理者は、本件各損害賠償請求権につき、「区分所有者のために」(区分所有法26条4項)訴訟追行するものということができる。
また、管理者による仮住まい費用及び移転費用といった専有部分に関する費用や、専有部分を含む建替費用に係る損害についての損害賠償請求権の行使は、マンションの共用部分に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする不法行為に基づく損害として請求しているのであるから、これらについても「共用部分等について生じた損害賠償金・・・の請求」(区分所有法26条2項後段)に当たるというべきであり、管理者がその「職務(第2項後段に規定する事項を含む。)に関し」(区分所有法26条4項)、訴訟追行するものということができる。
(2)除斥期間の経過について
除斥期間の起算点は、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時と解され、加害行為たる建物としての基本的な安全性が欠けることのないように配慮すべき注意義務違反の終期は遅くともマンションの完成の時であり、遅くともY1が引き渡しを受けたときであり、区分所有者が引き渡しを受けたときではない。
そして、本件では、それから20年が経過しているので、各損害賠償請求権は民法724条後段により、いずれも消滅したものと認められるとし、原告の指摘する最高裁昭和63年(オ)第1543号、平成4年(オ)第1460号同4年10月20日第三小法廷判決・民集46巻7号1129頁は、瑕疵担保責任による損害賠償請求権に係る除斥期間を定めた規定(民法570条、566条3項)に関するものであり、その期間も規定ぶりも異なる民法724条後段には妥当しないとした。
なお、本件では、Y3が、スリーブ孔の補強工事を行うとともに迷惑料(補償金)を支払う意向を示していたことを認めることができるものの、新たな不具合の発覚後、管理組合とY1ないしY3は、スリーブ孔の補強工事の続行の可否や補償金の金額について対立していたことがうかがわれ、「確約書(案)」を含むY1らの通知には除斥期間の利益を放棄することを前提とする記載はないこと等からY1らが、除斥期間の利益を放棄したと認めることはできないとした。
3 コメント
区分所有法26条4項は、「管理者は、規約又は集会の決議により、その職務(第二項後段に規定する事項を含む。)に関し、区分所有者のために、原告又は被告となることができる」と規定しています。そして、同規定の「区分所有者のために」とは、「区分所有者全員のために」を意味すると解されます。そうすると、マンションの管理者が区分所有法26条4項に基づき損害賠償請求訴訟の原告となるためには、マンションの区分所有者全員に損害賠償償請求権が帰属することが必要となりますが、本件では、マンションの数室が転売されていたことから、転得者に損害賠償請求権が帰属しているかが問題となりました。転得者が購入時に瑕疵のあるマンションとして購入していた場合等は、転得者に損害が観念できず、損害賠償請求権が転倒者に帰属しないものと考えられます。本件では、転倒者が瑕疵のあるマンションとして購入したと認める証拠はないとして、転倒者に損害賠償請求権が帰属することを認め、マンション管理者の原告適格も認めました。なお、本件では、瑕疵の修繕の際の仮住まい費用等の専有部分に関連する費用も請求していることから、区分所有法26条4項の「職務に関し」といえるかも争いとなりましが、これも認めています。
また、本判決は、民法724条後段の期間について、除斥期間であるとし、裁判外の権利行使では足りず、裁判上の権利行使をする必要があると解するのが相当であるとしましたが、裁判外の権利行使で足りるとした裁判例(前橋地裁高崎支部判平成31年1月10日)もあります。もっとも、改正民法では、民法724条後段の20年の期間は除斥期間ではなく時効期間と改正されましたので、民法改正後の事案については、時効中断の規定が適用されます。
(2024.1.5)