1 事案の概要
本件は、マンションの1階の専有部分でイタリアンレストランを開業しようと区分所有者と賃貸借契約を締結し、管理規約に基づき理事長に承認を受けるべく申請したところ、管理組合が不承認決議したことから、管理組合が不承認とする権限を有しておらず、仮に権限を有していたとしても不承認決議は裁量権の逸脱・濫用であるとして、管理組合に対し、不法行為に基づく損害賠償請求を、賃貸人に対し、説明義務違反の債務不履行に基づく損害賠償請求をした事案です。
2 裁判所の判断
(1)管理組合に不承認権限があるかについて
店舗使用細則においては、店舗部分は、臭気等を発生させ、住環境に悪影響を及ぼすおそれがある用途には使用できないものとされていることから、管理組合が、本件店舗における工事や営業を承認するか否かを決定する権限を有することは明らかであり、管理規約上、承認するに当たって考慮すべき要素が限定列挙されているわけではないことも併せ考慮すると、管理組合が、工事によって店舗使用細則で禁じられている用途に用いられることとなるか否かを考慮して、工事の承認の可否を決することは、当然に許されるというべきであるとしました。
(2)不承認決議が裁量権の逸脱・濫用かについて
賃借人が本件建物で開業しようとしていたのはイタリアンレストランであって、その食材等から臭気が発生する営業形態であることは否定し難いことから、管理組合が、本件店舗の開業によって臭気が発生することにより住環境が悪化するのではないかという懸念を抱くことが不合理であるとはいえず、また、本件建物は、長らく事務所として使われていた事実等を踏まえ、また、マンション竣工時に近隣の飲食店との臭気トラブル等から、マンションでは、飲食店の臭気を気にする区分所有者が多く、管理組合としても臭気を伴うレストランの開業につながる工事については、承認の可否を慎重に判断することが求められる立場にあったといえるとし、賃借人の臭気対応に関する説明も不十分であったことなどからすれば、管理組合が、賃借人が実効性のある臭気対策をとってくれるのか疑心暗鬼になったとしてもやむを得ず、管理組合に臨時総会で圧倒的多数で不承認案が決議されたというのであり、区分所有者の多数も本件店舗の営業に反対するという状況にあったこと、本件建物で飲食店の営業が保証されていることをうかがわせる条項が管理規約に存しないことなどから、管理組合による本件不承認決議は、区分所有者の共同の利益を慮ったものであって、不合理とはいえず、不承認決議は違法ではなく、不法行為を構成するものではないとした。
(3)区分所有者である賃貸人に説明義務違反があるか
賃貸人は、竣工時トラブルが存在していたことは知らず、管理規約等は事前に賃借人に説明していたことから、竣工時のトラブルについて説明する義務はなく、また、管理組合に事前に工事内容を説明しておく必要があるとか、管理組合からストップがかかって店舗の開設が難しくなる可能性があるといったことを説明すべき義務があったとも言えないとして、賃貸人の債務不履行責任も否定した。
3 コメント
理事長や管理組合による不承認に関する争いの場合、区分所有者が原告、管理組合が被告となる場合が多く見受けられるますが、本件は、賃借人が原告となった事案で、賃貸人である区分所有者も被告として訴えています。また、こうした裁判では、管理組合による裁量権の逸脱・濫用が主張される場合が多く、本件も同様ですが、裁判所は、裁量権の逸脱・濫用については言及せず、管理規則の店舗使用細則に規定された「臭気等を発生させ、住環境に悪影響を及ぼすおそれがあるもの」に当たると判断して不承認としたのは不合理ではないとしました。これは、従前の経緯やレストランの種別、賃借人側の対応の不備などが影響したものと思われます。
(2022.10.24)
標準マンション管理規約では、区分所有者等(賃借人含む)が管理規約や使用細則に違反した場合や不法行為を行った場合、理事長が行為の差止等を行うことができる旨規定し、弁護士費用等について区分所有者等に請求できると規定しています。また、同様に管理費の滞納に対しては、理事長が訴訟等必要な措置をとることができる旨規定し、弁護士費用等については区分所有者に対して請求できる旨規定しています。
こうした弁護士費用の負担に関する規定は、区分所有者との関係では有効と考えられており、裁判でも実費相当額の請求が認められています(東京高判平成26年4月16日)。問題は、区分所有者から専有部分を賃借している占有者に対しても効力が及ぶか否かです。この点については異なる判断をした2つの裁判例があります。
東京地判令和4年1月21日は、「区分所有法46条2項は,「占有者は,建物又はその敷地若しくは附属施設の使用方法につき,区分所有者が規約又は集会の決議に基づいて負う義務と同一の義務を負う。」と定めており,その趣旨は・・・建物や敷地等の使用方法に関する限り,占有者は,賃貸人である区分所有者のみならず,区分所有者全体に対しても上記のようなルールを守る義務を負うよう定められたものと解される。また,使用方法以外の事項,例えば管理費の支払いといった点については,仮に規約や集会の決議により定められた場合であっても,占有者に対しては効力を有しないと解される。・・・そして,同条項の内容は,本件マンションの建物又は敷地等の使用方法そのものを定めたものではなく,管理組合法人である原告につき生じた費用の一種である弁護士費用等について,その請求可能額を定めたものである。そうすると,前記の区分所有法46条2項の規定に当てはまるものではなく,むしろ管理費の負担方法に関する性質のものと解さざるを得ない。・・・そうすると,本件管理規約67条4項は,区分所有法46条2項に照らし,被告に対しては効力を有しないと言うべきである。」と判断しました。
一方、大阪地判令和4年1月20日は、「本件管理規約68条1項は,区分所有者又は占有者が区分所有者の共同の利益に反する行為をした場合には,本件管理組合は区分所有法57条から60条までの規定に基づき必要な措置をとることができる旨を規定し,同条2項は,本件管理組合が本件管理規約に違反した者に対し訴訟等の法的措置を行った場合,その違反者に対して,弁護士費用等その他の法的措置に要する費用について実費相当額を請求することができる旨規定している。被告は,本件各住戸の使用方法につき,区分所有者が規約又は集会の決議に基づいて負う義務と同一の義務を負う(区分所有法46条2項)から,専有部分の使用についての違反行為に対する措置を定めた本件管理規約68条1項及び同条2項の規定は,本件各住戸の占有者である被告にも適用されると解される。」として、賃借人に対しても弁護士費用等負担について定めた管理規約の適用を認めました。
両判決とも、区分所有法46条2項により占有者が負う義務は建物、敷地、附属施設の「使用方法」についての義務に限定されるとしていますが、前者は、マンション敷地にバイクを無断駐車したとして不法行為に基づく損害賠償請求をした事案で、管理規約の定めを単に費用負担に関する規定と理解して占有者への適用を否定し、後者は、マンションの使用方法が規約違反に当たるとして管理規約に基づき使用の差止を求めた事案で、使用方法に関する規定と理解して占有者への適用を肯定しています。結局のところ、事案の違い、規定内容の違いにより判断が分かれたとも考えられますが、無断駐車も敷地の利用方法についての違反行為(不法行為)であることから、弁護士費用負担に関する規定の適用もありえたのではないかと考えます。
(令和4年10月13日)
1 事案の概要
本件は、東北地方のマンション内の駐車場施設において、区分所有者である住人が除雪、除氷作業等を行おうとしたところ滑って転倒し、骨折したことを理由に、管理組合に対して損害賠償請求した事案です。
2 裁判所の判断
裁判所は、管理組合と区分所有者との間の駐車場使用契約から、一般論として、管理組合に駐車場使用者が専用使用箇所に自動車を駐車したり、駐車場外に自動車を移動させたりできるようにすべき義務を負っていたといえ、状況によっては、管理組合に除雪或いは除氷の義務が生ずることもあり得るというべきであるとしました。
その上で、積雪量が少なく、事故発生時間が早朝であり、同様の駐車スペースが200台以上あったことなどから、管理組合の除雪、除氷義務までは認めませんでした。しかし、除雪作業等を駐車場使用者(住民)に委ねていた等の事情から、管理組合は、駐車場使用者に対し、本件駐車場使用契約に付随して、転倒防止のための安全配慮義務を負っていたとしました。そして、その具体的安全配慮義務の内容としては、駐車場使用者に対し、通常の靴に装着可能な滑り止めや融雪剤等を定期的に周知した上で提供する、抽象的に注意を周知するのではなく、転倒事故が起こりやすい時間帯・気温、ゴム長靴等滑りにくい靴の着用・滑り止めの装着、転倒の危険を減らす歩き方を知らせた上で注意を周知する義務であるとしました。管理組合は、当該義務を履行していないとして、管理組合に安全配慮義務違反を認めました。一方で、駐車場使用者が氷床の存在を知っていたことや自ら転倒防止のための対策をとっていなかったこと、転倒時に除雪作業の動作を行っていた訳ではないことなどから駐車場使用者の過失を75%として過失相殺しました。
3 コメント
上記のとおり、裁判所は、駐車場利用契約に付随する義務として転倒防止他のための安全配慮義務を認めましたが、東北地方では季節によって積雪があり、裁判例記載の事実からは特別に大雪で危険な状況であったとは考えられないことから、駐車場使用契約の付随義務として転倒防止のための安全配慮義務として上記義務が認められるべきであったかは疑問を感じるところでもあります。裁判所は、除雪、除氷を駐車場使用者が自ら行うという約束であったことなどから、注意周知の限度で管理組合に安全配慮義務を認めたものと考えられます。
なお、管理組合が民法717条の工作物責任を追及される場合もありますが、東京高判平成29年3月15日は、民法717条の工作物責任については、管理組合はマンションの共用部分を管理しているものの、共用部分はマンションの区分所有者全員の共用に供されるべき部分であるから、マンションの区分所有者全員がこれを占有しているというべきであって、管理組合が共用部分の管理をしていることをもって、これを占有しているということはできないとして、管理組合の工作物責任を否定しました。
(2022年10月13日)